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神戸地方裁判所 平成8年(ワ)618号 判決 1997年1月22日

原告

福元志保美

被告

青木英人

主文

一  被告は、原告に対し、金一三一三万〇二五七円及びこれに対する平成五年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年五月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償の内金の支払を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

二  争いのない事実

次の交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

1  発生日時

平成五年五月一七日午後四時一五分ころ

2  発生場所

兵庫県明石市松が丘四丁目二番三〇号棟前路上

3  争いのない範囲の事故態様

右発生場所は、ほぼ南北に走る道路上である。

被告は、普通乗用自動車(姫路五八そ四三一。以下「被告車両」という。)を運転し、右道路を南から北へ直進していたところ、右道路を東から西へ横断しようとしていた原告の左足を、被告車両が轢過した。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び被告の過失の有無、過失相殺の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告

本件事故は、被告が被告車両を運転し、時速約一五キロメートルで北進中、進路右側に駐車していた自動車の陰から原告が左右の安全を確認することなく被告車両の直前に急に飛び出してきたために起きたものであつて、被告は、原告を発見するのと同時に自車に急制動の措置を講じているから、注意義務は何ら怠つておらず、過失はない。

2  原告

本件事故の発生場所は、中層の住宅団地の中であり、しかも、建物の出入口の前であるから、歩行者、特に子供が横断することは十分に予測可能な場所である。

したがつて、自動車の運転手としては、歩行者の動静に注意し、最徐行する義務があるのに、被告は、時速約二〇キロメートルの速度で、漫然と駐車車両の横を通過しようとし、本件事故を引き起こしたものである。

したがつて、被告には、安全注視および徐行義務に違反した過失がある。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

六  口頭弁論の終結の日は平成八年一二月五日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  甲第二号証、第一一ないし第一三号証、検甲第一号証の一ないし一〇、乙第一号証、原告法定代理人福元正一及び被告の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に、次の事実を認めることができる。

(一) 本件事故の発生場所は、住宅・都市整備公団の明舞団地の中の幅員約三・八メートルの道路上である。

そして、右発生場所の東側には、右団地の三〇号棟(五階建)が建つており、右棟と右道路との間には、約四メートルの幅の土地に、高さ約一・五ないし二メートルの樹木が一定の間隔ごとに植えられていた。そして、本件事故の発生場所は、右棟の出入口の真西にあたる地点である。また、右発生場所の西側は、団地内の公園である。

(二) 本件事故当時、本件事故の発生場所のすぐ南の道路上には、東側に自動車が一台駐車していた。

そして、被告車両は、その西側の道路部分(幅約二メートル)を通つて南から北に進行し、右車両の北側に自車の前部が出た時、被告車両の右前輪が原告の左足を轢いた。

なお、被告は、本件事故発生時点までまつたく原告を認識していない。

(三) 他方、原告は、右道路を東から西へ横断しようとし、たまたま居合わせた金岡玲子の注意により、右駐車車両の北側で一旦立ち止まつて南側をのぞきこみ、被告車両を認めて身体を後方(東側)に引こうとしたが果たさず、本件事故が発生した。

(四) 被告は、原告の左足を轢いた後、直ちに自車に急制動の措置を講じて停止したが、右停止時点においても、被告車両の右前輪が原告の左足甲の上にあつた。

なお、本件事故の直後に右発生場所で行われた実況見分における被告の指示説明によると、原告と衝突してから被告車両が停止するまで、被告車両は、約二・四メートル前進した。また、本件事故の発生場所には、被告車両の右前輪による長さ約二・一メートルのタイヤ痕が印された。

2  右認定の本件事故の発生場所付近の状況によると、右発生場所は、団地内のいわゆる生活道路であるから、そこを通行する自動車の運転手には、歩行者が突然横断を開始することをも予測し、徐行して運転すべき注意義務があつたことは明らかである(ここで、「徐行」とは、道路交通法二条一項二〇号に規定するように、「直ちに停止することができるような速度で進行すること」をいう。)。

にもかかわらず、被告は、被告自身の供述によつても時速約一五キロメートルで漫然と被告車両を運転しており、原告との衝突後、急制動の措置を講じてもなお約二・四メートル前進しなければ自車を停止させることができなかつたのであるから、被告に右徐行義務違反の過失があることは明らかである。

他方、原告にも、道路を横断する際には左右の確認をすべき注意義務があつたにもかかわらず、これに反した過失があることも明らかであり、相応の過失相殺は免れない。

そして、右認定の本件事故の発生場所付近の状況、発生時刻、原告の年齢(本件事故当時満八歳)、被告車両の速度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故に関する原告の過失を一〇パーセント、被告の過失を九〇パーセントとするのが相当である。

なお、被告は、過失相殺がなされるべき旨の主張をしていないが、原告の過失を基礎づける事実は主張しており、このような場合には、民法七二二条二項を適用することができると解するのが相当である。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。

これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  原告の傷害、入通院、後遺障害

まず、原告の損害の算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容等につき検討する。

甲第四ないし第一〇号証、第一四号証、乙第三、第四号証、検甲第二号証の一ないし三、原告法定代理人福元正一の本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、右の点に関し、次の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故により、左下腿開放骨折、左足背挫滅等の傷害を受け、平成五年五月一七日から同月三一日までは医療法人明仁会明舞中央病院(以下「明舞中央病院」という。)に、同日から同年六月四日までは医療法人大菅病院(以下「大菅病院」という。)に、同日から同年八月一一日まで及び同年九月二七日から一二月二二日までは藤田保健衛生大学坂文種報德會病院(以下「報徳會病院」という。)に入院した(入院日数合計一七四日)。

また、同年八月三一日には同病院に通院した(実通院日数一日)。

(二) 平成五年一二月二二日、報德會病院の医師は、原告の右傷害が症状固定した旨の診断をした。

なお、残存する後遺障害の内容は、左足関節の高度な機能障害、成長障害、左足関節部の植皮による瘢痕、採皮部である左肩甲部の瘢痕等である。

また、自動車損害賠償責任保険手続において、右後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表一〇級一一号(左足関節の機能に著しい障害を残すもの)に該当する旨の認定を受けた。

2  損害

(一) 治療費

甲第八号証により明舞中央病院の治療費金一三万一四八三円を、甲第九号証により大菅病院の治療費金七万四〇八〇円を、甲第一〇号証、第一四号証により、報德會病院の治療費金一〇一万六六九〇円及び金九二万三六〇〇円をそれぞれ認めることができるから、治療費は合計金二一四万五八五三円が認められるところ、原告の主張はこれを下回る金二一三万九六二三円であるから、この限りで理由がある。

(二) 入院雑費

前記認定のとおり、原告の入院日数は合計一七四日である。

なお、原告は、入院日数が合計一七六日である旨主張するが、明舞中央病院と大菅病院とが重複する平成五年五月三一日、大菅病院と報德會病院とが重複する同年六月四日の両日が、それぞれ別個に数えられていることによると解され、採用の限りではない。

そして、入院雑費は、入院一日あたり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金二二万六二〇〇円となる。

計算式 1,300×174=226,200

(三) 入院付添費

弁論の全趣旨によると、原告の右入院中、近親者が付き添つていたことが認められ、前記認定の原告の傷害の部位、程度、原告の年齢等によると、右付添費は本件事故と相当因果関係のある損害であるというべきである。

そして、入院付添費は、入院一日あたり金四五〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金七八万三〇〇〇円となる。

計算式 4,500×174=783,000

(四) 後遺障害による逸失利益

前記認定の原告の後遺障害の内容、程度によると、原告は、労働能力の二七パーセントを稼働可能期間のすべてにわたつて喪失したとするのが相当である。

そして、原告の後遺障害による逸失利益を算定するにあたつては、賃金センサス平成四年度第一巻第一表の産業計、企業規模計、女子労働者、旧中・新高卒計、一八~一九歳に記載された金額(これが年間金二〇二万五七〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を基礎に、その二七パーセントを一八歳から六七歳までの四九年間喪失したと解するのが相当であり、本件事故時における現価を求めるために中間利息の控除について新ホフマン方式によると(本件事故当時原告は満八歳であり、八歳から一八歳までの一〇年間に相当する新ホフマン係数は七・九四四九、八歳から六七歳までの五九年間に相当する新ホフマン係数は二七・一〇四七)、右逸失利益は、次の計算式により、金一〇四七万九二四一円(円未満切捨て。以下同様。)となる。

計算式 2,025,700×0.27×(27.1047-7.9449)=10,479,241

なお、原告は、労働能力の四五パーセントを喪失した旨主張するが、右認定の後遺障害の内容、程度、原告の年齢等によると、右認定の労働能力喪失の割合によるのが相当である。

(五) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金七〇〇万円をもつてするのが相当である(うち後遺障害に相当する分は金五六〇万円。)。

なお、前記のとおり、原告には、左足関節部の植皮による瘢痕、採皮部である左肩甲部の瘢痕も残存するところ、原告がこれから思春期を迎える女児であることをも慰謝料算定の一事由として考慮した。

(六) 小計

(一)ないし(五)の合計は金二〇六二万八〇六四円である。

3  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を一〇パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。

したがつて、右控除後の金額は、次の計算式により、金一八五六万五二五七円となる。

計算式 20,628,064×(1-0.1)=18,565,257

4  損害の填補

原告の損害のうち、金六五三万五〇〇〇円が既に填補されたことは当事者間に争いがない。

したがつて、過失相殺後の金額から右金額を控除すると、金一二〇三万〇二五七円となる。

5  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金一一〇万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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